Short Storyショートーストーリー

柴崎友香
「今日は、いっしょに」2009年2月28日

柴崎友香「今日は、いっしょに」
illustration by Tomoko Okada

明るい緑色の木々の隙間からお昼過ぎの日光が地面に落ちているのがよく見えて、いい席に案内してもらったなと思った。

「なにかな、報告って」

向かいに座っているゆう子が、わたしと同じように窓の外の晴れた街を行き交う人たちを見ながら言った。

「結婚、はないか。転職とか?」

二人で、もう一人の女友だちを待っている。中学で同じクラスになって以来のつき合いで、少し離れた街に引っ越してもこうやって半年に一度は会う。そして、しゃべって、食べて、しゃべる。

遅めのランチにする予定で、ちょっと遅れてくるもう一人を待つあいだにと頼んだビールが丸いテーブルの上にある。外の光が三角形の不思議なバランスのグラスに通って、テーブルの上に琥珀色の模様を作って揺らめいている。ゆう子はその光の模様を指でなぞって、それから、ゆっくり飲んだ。

「仕事、辞めるかも」

ゆう子が急に言った。不意をつかれた。

「え、そう?」

「いや、なんか、突然思いついて。自分でもびっくりした」

ゆう子は笑った。わたしもまた一口飲んで彼女をじっと見た。店の中は、ほかのテーブルのお客さんたちの声が反響して、賑やかだった。窓ガラスの向こうはふさふさした木の葉ががゆったりと風に揺れていた。

「なに?」と、わたしは聞いた。「思いついたって、なに?」

「……中学のとき話してたこと、思い出して。わたしは自分でマンション買って優雅に暮らす、とか言ってたなって」

確か、わたしは海外で生活、もう一人の友だちは子どもが二人に犬も二匹、と言っていたが、三人とも全然違う未来を過ごしている。今日の話は、特別長くなるかもしれない。街路樹の向こうの道を、もう一人の友だちが歩いてくるのが見えた。しっかり早足で歩いていて、なんとなく笑っているように見えた。店の前まで来てもわたしたちに全然気づかない彼女に向かって、わたしは大きく手を振ってみた。

Profile

柴崎友香(しばさきともか)・小説家
1973年生まれ。2000年「きょうのできごと」でデビュー。
2007年「その街の今は」で芸術選奨新人賞、織田作之助大賞など受賞。
著書に「フルタイムライフ」「星のしるし」など。

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