武蔵小金井に感謝を込めて

2018年4月5日
Category - その他 営業日記
Author - M.Sasaki

皆さん、お久しぶりです。社長の佐々木が久々にブログを書きます。
というのも、皆さんに重大な報告があります!

2018年4月14日、株式会社ビアスタイル21は事務所を移転し、15年余り慣れ親しんだ武蔵小金井の地を離れます。

今明かす、なぜ武蔵小金井だったのか

思い返せば16年前、ビアスタイル21社の設立にあたり、さて、どこに会社を作るか… 最初の難題がそれでした。

絶対条件は、酒類販売免許がすぐに取得できるところ。

今でこそ、かなり容易に取得できる酒類販売免許ですが、当時は人口規制というものが存在し、一定の人口あたりに付与される免許数が制限されていました。当然ながら、都心部に近ければ近いほど人気があるわけで、特に23区内では年1回の抽選を経ないと免許を取得できなかったのです。それではどこならば免許をすぐに取得できるのか、調べてみると、小金井市、東久留米市、羽村市…等々となり、一番便利そうなところが小金井市だったのです。これが、ビアスタイル21社を武蔵小金井に設立したほとんど唯一の理由でした。

そして2002年7月15日、武蔵小金井の地にビアスタイル21社は誕生しました。

ビアスタイル21社が入る村松ビル(2005年頃)

愛しの武蔵小金井

当時の武蔵小金井と言えば、中央線はまだ高架化されておらず、狭小な南口の駅前には路線バスが入って来られず、かの有名な開かずの踏切が小金井街道を遮断し、道路沿いには小さな個人商店が並ぶ、実にのどかな風景でした。

↓上段:2005年頃のJR武蔵小金井駅 南口/下段:現在の南口

一方、この武蔵小金井という立地にはメリットもたくさんありました。

通勤が楽! 始発電車がある!

東京にいて都心まで通勤しなくてよかったり、都心に向けて営業活動に出かける時に始発電車を選べば必ず座れたり…
というのは個人的なメリットですが、笑

ガージェリーの営業面でも、もちろんいいことがありました。多摩地区へのアクセスも便利だったことから、都内の西寄りでもかなり早い時期からお取扱店を増やすことができました。実質的な営業初年度である2003年度から15年近くに渡ってお取扱いが続いている拝島の「K’s BAR」さんや、立川の「PORT BAR」さんとご縁ができたのは、決して偶然ではなかったのです。

1年365日、事務所の窓から変わりゆく武蔵小金井の街を見続け、ひたすらガージェリーの営業に励み、気がついたら15年9ヶ月の歳月が流れていました。街は変わりましたが、事務所の中は15年前とほとんど変わりません。15年間、この事務所に居座り続けた唯一の者として、改めて思い返すと感慨深いものがあります。

よく続いたなあ… 正直にそう思います。
15年9ヶ月、仕事にノータッチだった日は1日たりともありません。歳と共に、身体にはだいぶガタが出つつありますが、気持ちはまだ大丈夫です。支えていただいているお取扱店の皆さん、ご愛飲いただいているお客様がいらっしゃる限り、自分も楽しみながらまだまだ仕事はできそうです。

武蔵小金井の皆さん、ありがとうございました。
当地にはお取扱い店が4店あります。
「リストランテ大澤」さん、「yuimarl」さん、「Italian Bar diario」さん、「黄金バル ITER」さん、事務所が武蔵小金井を離れても変わらずよろしくお願いします。お店の皆さんとは、ガージェリーの心で繋がっていると信じています。

↓“開かずの”踏み切り(左:2005年頃)は、高架(右:現在)になっている

ステップアップを期し、赤坂へ

さて、事務所の移転先は赤坂です。赤坂見附駅のすぐ近くのオフィスビルに入居します。“間借り”と言った方が合っていると思いますが… 笑

ガージェリーブランドも16年目を迎え、心機一転、さらにブラッシュアップしていかなくてはなりません。新しい土地から刺激を受けることで、もう何年か頑張る力を得ようと思います。

ガージェリーを始めた時には思いもしませんでしたが、私の仕事人生は、ガージェリーと共にある時間が半分を超えました。このまま最後までガージェリーと共に走るしかありません。自分の仕事人生の集大成がどんな形になるのか、ガージェリーを次世代にうまくバトンタッチできるのか、最後までガージェリーに関われる幸せを噛みしめながら、あと少し、力を尽くします。

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こころまでを満たすようなビールを届けたい

外飲みを、もっと楽しく、もっと魅力的にしたい

飲み手の人生に寄り添うような存在でありたい

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