Short Storyショートーストーリー

戌井昭人
「パンクスと女の子」2010年2月28日

ズボンの裾は鳥の巣みたいにバサバサにすり切れ、髭も剃らずに薄汚い格好で、初めて黒ビールを飲んだ。そこはロンドンの猥雑なパブで、もったりした泡の黒ビールは、今まで飲んでいたビールとはまったく違う味がして、「ああ違う国にいるのだ」と、逆に日本を懐かしく思った。

その頃僕は、寝袋を巻き付けたでかいリュックを背負って、ヨーロッパをまわっていた。まだドーバー海峡のトンネルは建設中で、もの凄く揺れる高速船にフランス側から乗ると、やはり同じように旅をしている日本人の女の子が、「日本人ですね」と話しかけてきてくれ、友達になった。僕はイギリスに入国するとき、格好が汚すぎて税関で足止めを喰らい、ロンドンに着いてから友達の寮に忍び込みに行き、女の子は半地下のとんでもない安宿に行くと言って別れた。

そして次の日、女の子と、待ち合わせをして、安い中華を食べ、その後に、パブに行った。そこは労働者の店で、客のほとんどは地元のおっさんばかりだったが、なぜかおっさん達に混じって、ボロい革ジャンにモヒカンのパンクスが一人いて、店内に置いてある、拳銃ゲーム機で遊んでいた。パンクスはゲームの画面がクリアーするたびに悦に入った様子で、ゲーム機の横に置いてある黒ビールを大事そうにチビチビ飲んでいた。それが、どういうわけか、あまりにも美味そうだったので、僕も黒ビールを頼んで、チビチビ飲んで真似をしていた。

すると一緒にいた女の子が突然立ち上がり、パンクスに話しかけにいった。屈託なくパンクスと話している彼女はとても勇敢に思えた。そして、おもむろにカメラをとり出すと、写真を撮りはじめた。パンクスは構える様子もなく、今まで通りゲームを続けていた。

彼女は撮影が終わると、パンクスに「ありがとう」と言って席に戻ってきて、「たぶん変な写真撮れたよ」と言ってニッコリ笑った。その笑顔は、屈託なくて、とても格好よかった。僕もこんな風に笑える人になりたいと思いながら、黒ビールをチビリと飲むと、「泡、髭になってるよ」と言われた。

Profile

戌井昭人(いぬいあきと)・作家
1971年東京生まれ。パフォーマンス集団「鉄割アルバトロスケット」主催、台本、諸々を担当。
作家としては、小説集に「まずいスープ」があり、表題作は第141回芥川賞候補。
他には「ただいまおかえりなさい」「八百八百日記」等がある。
鉄割アルバトロスケット公式サイト   http://www.tetsuwari.com/

TOP