Short Storyショートーストーリー

前田司郎
「思い出もアルコール」2011年3月28日

前田司郎「思い出もアルコール」
illustration by Jun Oson

私には多分、アセトアルデヒド脱水素酵素が少ない。か、無い。らしい。

今、ネットで調べた。便利なもので、今は携帯電話からネットに繋ぐことが出来る。だから別に知識は要らない。だって、ネットの知識がいつでも取り出せるんだもの。知識を集めるのに時間を裂かなくて良い。

でも、私には時間が足りない。一日が瞬く間に過ぎていく。24時間もあるはずなのに。24時間もかけて私はいったい何をしているんだろう。

寝たり、お風呂に入ったり、ご飯を食べたり。仕事もしている。

ビールを飲む。この店は静か。お客さんは私を居れても10人くらい。みんな静かに飲んでいる。

私はアルコールを上手く分解できないから、ビール一杯で酔っ払ってしまう。どうせ一杯しか飲めないんだったら、美味しいビールが飲みたい。有名じゃなくて良い、安くなくても良い、安いにこしたことは無いけど、とにかく美味しいビールが飲みたい。

ビールを飲む。私は多分、色々なことを上手く分解できない。らしい。

だからこうして昔のことを思いだして、悲しい気持ちにもなる。分解して細かくして、何か別の感情と一緒にトイレに流してしまうことが難しい。

思い出はずっと、血に乗って体の中を流れている。

それは面倒くさくて嫌だけど、しょうがない、そういう生き物なのだ私は。分解出来ないのなら、取り込まなければ良いのに。取り込んでしまう。好きなのだと思う。

体に残る、アルコールも思い出も、私の一部になれば良い。私は歓迎することにする。何も取り込まず、ただ生きていたって、何かが入ってくる。だったらそんな消極的なのは嫌だ。自分から取り込もう。

酔っ払ってるからかな。まあいいや。

私は電話をかけることにする、あの人に。

Profile

前田司郎(まえだしろう)・劇作家
1997年、劇団「五反田団」を旗揚げする。2004年、『家が遠い』で京都芸術センター 舞台芸術賞受賞。2005年、処女小説『愛でもない青春でもない旅立たない』が第26回野間文芸新人賞候補に。2007年、小説『グレート生活アドベンチャー』で第137回芥川龍之介賞候補。2008年、戯曲『生きてるものはいないのか』で第52回岸田國士戯曲賞受賞。2009年、小説『夏の水の半魚人』で三島由紀夫賞受賞。NHKドラマ『お買い物』のシナリオを担当。第46回ギャラクシー賞テレビ部門優秀賞受賞。

JUN OSON(じゅんおそん)・イラストレーター
愛知県出身、東京都在住のイラストレーター。挿画や漫画など紙媒体を中心に、アニメ、Tシャツデザインなど幅広く活動中。主な仕事に、NHKシャキーンの「どこ切る兄弟」や絵本「いろはであそぼ」などがある。

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