町屋良平
「酔って恋バナなんてしない」2019年5月10日
illustration by Haruka Yamakawa
新入社員歓迎会、部署内交流会、同期会、そういった名目にかこつけた酒席でもかたくなにジンジャーエールをのんでいたかれだったが、じつはのめない体質というわけではなかった。飲み会という場の抑圧が苦手だった。
この日も例にもれず一杯目に炭酸水を注文し胃を膨らませながらパンチェッタを摘まんでいたかれは、ふと今日誘われた同級生からのメッセージを確認していた。
……のもうぜ、久しぶりに
……いいけど、だれか呼ぶ?
とかれは応じた。
……いいわ。おまえだけで
「すいません、ビールください、この……」とたどたどしい手つきでメニューカードを指さし同級生が遅れているこの場面でアルコールを頼む。ひとりで飲むのが好きなかれが、その同級生と会うときだけ、ある約束を果たすような気分で、アルコールをのんで会話をたのしみ、ことばを共有するのだ。
香りにほだされ気分がおちついてゆき、思考が空気中にはなたれては肌にもどる、そのような体温で顔があつくなると、かれはおもう。「おれはあいつのことが好きなのかもしれない」。
酒席では「人格の地がでる」とされ、「胸襟をひらいて」語り合おうなどと強要されることが多いが、かれはいやだった。恋愛感情や性癖や劣等感なんかを、アルコールに溶かしてことばにかためるのは俗悪だとおもうし、正直に生きることが尊いことだなんてまったくおもえない。アルコールに酔うとふだん「自分」として律している主体がいくらか空気中にとけだして、からだが軽くなり、だからついそこにいる相手構わず軽口を叩きたくなる。しかし本来ひとりでいる時間に自分が外にとけだし、いくぶん減った「おれ」が世界に満足してにこにこしている。それがたのしい。
……わるい、もうすぐ着く
……おまえ、時間大丈夫?
という連続でやってきたメッセージを確認し、かれはこの同級生を「好き」だなんておもわないしつたえない、へいきで自分に嘘を吐いて生きつづけると決意したかれは、今夜「ひとのことを『おまえ』というのはやめたほうがいいぞ」と、できるだけ紳士的にことばにしてつたえよう、と決意していた。すくなくともおれたち、もう社会人になったんだから、だれのこともおまえなんて呼んじゃだめなんだ。